認知症と診断されたあなたへ

12 感じたことの余韻

ご主人は「せっかく温泉に連れて行ったのに忘れてしまうから甲斐がないですよ」って言ってましたよね。でも、そのあと、いろいろとお話をしている間に、大浴場のこととか、夕ご飯のこととか、思い出せたこともたくさんありましたね。慣れた環境で、安心した気持ちになれたら、もっといろいろなことを思い出せたと思いますよ。

それともう一つ、美味しいご飯を食べると食べ終わったあとに「ああ、美味しかった」という余韻が残るでしょ。温泉に浸かって気分がよくなったら、温泉から出たあとも長く「ああ、気持ちいい」という感覚が残るでしょ。たしかに、夕ご飯に何を食べたか訊かれても、すぐに答えることはできないかもしれない。あるいは、どこの浴場に行ったか訊かれても、すぐに答えることはできないかもしれない。けれど、美味しかった感覚や、気持ちのよさが続く時間は、病気になっても変わらないんですよ。
食事は何を食べたか覚えておくために食べるわけではありません。温泉はどこに浸かったか覚えておくために入るわけではありません。あなたは以前とまったく同じ分だけご馳走を楽しんだはずですし、以前と同じ分だけ温泉を楽しんだはずです。
そのことを調べて確認した研究もあるんです。このことは、ご主人にも話しておきました。

これからは今まで以上に、旅行や食事を楽しんでください。自分はまわりの人と同じだけ楽しんでいると胸を張って、楽しんでください。

繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。

« »