認知症診療の第一人者である東京慈恵会医科大学教授 繁田雅弘医師が、認知症と診断されたあなたに伝えたい言葉。
認知症があってもしたいことができる。そのためには「環境」が大事であると言い続けたい
認知症があってもしたいことができる。そのためには「環境」が大事であると言い続けたい
「現在の認知症診断が進んでいる」ことを知り、受診した
下坂厚(以下 下坂)
三浦さんが認知症じゃないかと思い、受診したきっかけはどんなことだったんですか?
三浦繁雄(以下 三浦)
当時、勤めていたところが精神障害をもつ方の就労支援施設で、いろいろ学ぶ機会があったんです。そんな中で、7年前くらいに、仕事中、自分で必ずやらなくちゃならないような確認作業が抜け落ちていたことに気づいて「あれ?」って……。
たまたまそんなときに、知り合いの人が認知症の検査を受けて、うつ病からくる記憶障害だと診断されたんです。「認知症の診断っていうのはそんなに進んでいるのか」って驚いて。じゃあ、今の自分の違和感や今までにないこの感じっていうのは、検査を受けることによって診断できるんじゃないかって思ったことが受診のきっかけです。
下坂
医師から診断名を告げられたんですか?
三浦
最初は少し様子を見てみましょう、っていうような感じで。その後、障害者特例年金をとるために医師から診断書をもらったんですが、そこにはまさしくレビー小体型認知症と書かれていました。
でもね、今のところ医療ではかなり(症状を改善するのに)限界があるだろうって僕は思っています。だから、認知症になったから医療に頼るっていうよりも、自分の生き様、社会との関わり、たぶんそっちのほうが大切で有用なことだろうと思っている。僕の位置づけはそっちです。
下坂
なるほど。
三浦
ごめんね、理屈っぽいおじいさんで(笑)
下坂
でも診断を受けたときの気持ちって、やっぱり誰もがショックを受けると思うんですけど。
三浦
そこらへん、僕はちょっと違っていて……。認知症やほかの障害でもそうだけれど、こういうことは世の中にたくさんある。自分に起こっても不思議じゃないって受け止めてるので、そこはショックじゃなかった。むしろ医療の対応がしっかりしてないところのほうがショックだった。
リスクを取っても自分がしたいことをする当事者に驚いた
下坂
三浦さんが、いろんなところでメッセージを発信するようになったきっかけは何だったんですか?
三浦
それは本当に今でもちょっとびっくりするくらいの、人とのつながりですね。出会いですね。
仕事を辞めた2018年ごろ、僕は結構、動揺してたんですよ。そんなときにワーキンググループ(一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ①)のイベントが開催されるっていうので、どんな人たちがいるんだろうと思って、東京の会場に出かけて行ったんです。丹野智文さんや藤田和子さんや福田人志さんが壇上に上がって話をしていて、それ以外にもフロアの最前列に20人くらいの認知症の人たちがいて。ちょっと面食らったのは若い人、年老いた人、いろいろな方がいたこと。そしてみんなが次々と発言するんです。「おいおい、あれって自分が思っていた認知症の人じゃないぞ」って。イベントの後、福田さんが相談にのってくれて、その会場に来ていた静岡県の職員ともつながった。
その後、静岡に講演に来られた山田真由美さんが誘ってくれて、彼女が主宰する「おれんじドア も〜やっこなごや②」に月1回通わせてもらうようになりました。そうしたら、そこに丹野智文さんが仙台から来たんです。聞くと、呼ばれて来たのではなく、どんな感じでやっているか、自前で様子を見に来たって。そんなスタンスにもかなりショックを受けましたね。認知症って診断されても、行動は控えるんじゃなくてリスクを取って動くんだな。当たり前にやりたいことをやっている。そこにかなり感化されましたね。
①一般社団法人日本認知症本人ワーキンググループ。認知症をもつ人が希望と尊厳をもって暮らし続けることができ、社会の一員としてさまざまなことに参画して活動することを通じ、よりよい社会をつくりだしていくことを理念に設立。2017年に一般社団法人。代表理事は若年性認知症当事者で、『認知症になってもだいじょうぶ!』(メディア・ケアプラス刊)の著者でも知られる藤田和子さん。
②おれんじドア も~やっこなごや。名古屋市西区在住の若年性認知症当事者・山田真由美さんの発案で、西区役所で開催されている相談窓口。2017年 6月から毎月 1回、 認知症当事者同士、家族同士が思いを語り合う。 活動内容や名称は仙台在住の若年性認知症当事者の丹野智文さんが始めた相談窓口「おれんじドア」を参考にしている。「も~やっこ」は、「みんなで仲良く分け合う」という意味の名古屋ことば。
認知症をもつ山田真由美さん(写真中央)と、認知症の家族との暮らしを描いた映画『折梅』の原作『忘れても、しあわせ』(日本評論社)の著者である小菅もとこさん(写真左)とは、たびたび認知症関連のイベントでお会いする仲。2022年5月に愛知県東郷町で行われたキャラバンメイトフォローアップ講座にて。「お二人からは、いつも元気をもらっています」。
2019年度 第3回認知症地域支援体制推進 全国合同セミナーにて。主催である認知症介護研究・研修東京センターの研究部長、永田久美子さんからの招待があり、サプライズで参加した。
「環境」が認知症の人の「状況」を変えるから、本人目線で環境を評価したい
下坂
これから三浦さんがやっていきたいことはありますか。
三浦
下坂さん、ICF(国際生活機能分類)③って聞いたことある?
③ICF(国際生活機能分類)は健康の構成要素に関する分類で、2001 年5月 WHO 総会で採択。前身のICIDH(国際障害分類)では「疾病の結果」に関する分類であったのに対し、ICFは特定の人々のためのものではなく、すべての人に関する分類として新しい健康観を提起。“生きることの全体像”を示す生活機能モデルを共通の考え方として、さまざまな専門分野、異なった立場の人々の間の共通理解に役立つことを目的としている。具体的には、生活機能と、それに影響を与える背景因子、健康状態の三つを「生活機能モデル」と呼んでいる。https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ksqi-att/2r9852000002kswh.pdf
下坂
いや、ないです。
三浦
これはWHOで採択されたもので、生活機能上の問題は誰にでも起きうることだから、違う立場や分野の人たちの間で共通の理解ができるように示された基準なんですよ。
たとえば障害者を見るときに、その障害だけを見るんじゃなくて、その人の環境から見ていこうということ。その人が、社会活動ができているかとか、障害をその人全体の一部として見るという見方。そんなのに合わせて、僕はこの頃、認知症の本人目線から周りの環境を評価できるようなスケール、それを見たらその人の状態、環境がよくなってきているかどうか、悪くなっているか、状態が分かるようなものを作りたいって思っているんです。これはまた下坂さんにもぜひご協力願いたい。
下坂
ぜひぜひ!
三浦
たとえば、今ちょっと考えているのが「自分の意思表示は人からしっかり分かってもらっていますか?」「その意思表示の確認方法はその都度工夫されていますか?」とか。そんな確認や工夫がされてなくて、本人の意思が無視されていて、あるいは「この人わかんない人だから」って言われるような環境で状態がよくなるわけがないじゃないですか。
下坂
そうですね。
三浦
認知症は進行していくだろうけれど、重度になっても当たり前に生きていける環境ってほしいじゃないですか。だからこのスケールを作りたいっていうのが、やりたいことです。
下坂
確かに環境は大事ですね。
三浦
先進諸国では「閉じ込める」(隔離)っていうところから「生活」(地域社会)にシフトしていく取り組みがかなりされている。たとえば、イタリアでは法律で精神科病院を廃止しようという取り組みが40年くらい前に始まっている(1998年にすべての精神科病院が機能停止)。それなのに日本はずっと閉じ込める、隔離するというまま。社会環境に全然、視線が行ってないんだろうと思うんですよ。それって違うんじゃないの? もっといい方法っていっぱいあるよ。逆に隔離管理している人たちが自分を苦しめてない? って感じる。今は自分が当事者として発信したい。
2019年11月、東京で行われた「認知症新時代 いきいきと暮らすために フォーラム」 (NHK厚生文化事業団、NHKエンタープライズ主催)にて、さとうみきさんと。「この日のフォーラムは、ちょっと重たい課題まで。認知症の状態が進んで終末期までが話題となり、いろいろと考えさせられました」。
認知症をもつ「その人」にとってコミュニケーションしやすい環境を考えてほしい
下坂
当事者の方、家族の方、一般の方に対してもですけど、三浦さんが伝えたいメッセージは何ですか?
三浦
僕、今たまたま役目で発信はしていますけれど、普段はズボラなじいさんですよ(笑)っていうのを実は伝えたい。今日だって、これ、Webサイト『エイト』に載せるんでしょ? 写っちゃうから一応、上着だけは着ましたけれども、下は寝巻きです(笑)
下坂
(笑)
三浦
僕たちがこうして発信をすると「あの人たちは特別だよね。あんなに話ができて」って言われるけど、認知症をもつからといって、その人が話せないということはないんですよ。症状にもよりますが、皆さん、お話しすることができる。そこは伝わったらいいなって思いますね。
下坂
認知症の人はしゃべれないって勝手に周りが決めつけること、結構あると思うんですよね。
三浦
何でもすぐご家族に聞くとか、そうじゃないって! まずその人の意思を確認すること。で、確認するための方法も大事です。
僕が、昨年(2021年)の年末に沖縄に会いに行った認知症の当事者である大城勝史さんは、トヨタの販売店で営業の仕事をしていたのですが、認知症になってからは同じ職場で洗車担当になったそうです。もう7年くらい経つので、リーダー的な立場になっているのですが、調子が悪くなると言葉も出てこなくなる。そうすると大城さん、指先を動かすだけで指示するんだそうですよ。すると周りの人がわかってくれて動く。問いかけの返答も、違うと首ふりだけ。意思表示がそれでも伝わる。働く人たちの間でコミュニケーションができているので問題なくやっていってもらえる。だから自分が仕事を続けていけると言っていました。普段から冗談を言って人を笑わせながら輪を作っているっていうんです。その環境ですよね。そういうこと、大事だと思う。
下坂
大事ですね。
三浦
でも、ときどき、自分自身を振り返って思ったりもするんです。ただの世間話だったらいいけれど、結構大切な話をしたにもかかわらず「いや覚えていない」って言われたら、話にならないじゃない。そんな大切な話を覚えていられない僕が偉そうに人前で話すなんて、いいのかな? どうしたらいいか思案中です(笑)
大城さんも多くのことを忘れちゃうんだけど、忘れていることを隠すために繕ったことは意外としっかり覚えてるってブログに書いてくれている。僕も同じ。大城さんからはいろいろなことを学んでいます。
ぜひ、こんなおじいさんの意見を広めてください(笑)
下坂
いや~、すごい勉強になりました。ありがとうございました。
2021年12月、認知症をもつ大城勝史さんに会いに沖縄へ。職場であるトヨタの販売店を見学させてもらった。「大城さんが書いているブログを読んでいて、いつも勇気をもらっているので、お会いしたかったんです」。
2022年3月、下坂厚さん(写真左)の写真をじっくり見たくて、写真展「記憶とつなぐ ある写真家の物語」(京都市京セラ美術館)に行く。
2022年8月。地元でデイサービスを開設する予定があるという山中しのぶさんの激励のために高知へ。しのぶさんと一緒に高知県庁を訪ね、認知症を担当している部署の方々とも会うことができた。
インタビュー実施日:2022年2月23日
執筆:斉藤直子
構成:早川景子
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