「私のことなのに、なんで勝手に決めたのよ」って担当医におっしゃったそうですね。あなたの言うとおりだと思います。
本当は、施設に入りたくなかったのですね。はじめはずいぶんと反対したのですよね。でも行きがかり上、入らざるを得ないとあきらめたのですね。決めたのが他人ではなく、家族だったら止むを得ないと思って、受け入れようとしたのですね。とくに最近は「家族に迷惑をかけている」と言っていましたものね。
そのときのあなたの気持ちを考えると胸が傷みます。私もあなたに何と言っていいか分からない。家族からもほとんど説明がなかったのですね。ちゃんとした説明は担当医からだけですね。家族からは、施設が避けられなくなったとだけ言われたんですね。
家族としても何と言っていいか分からなかったのだと思います。言わなければいけないことは分かっていた。でも言えなかったのだそうです。あなたに申し訳ないと思う気持ちもあったのだと思います。それを一番分かっているのは、あなたなんですものね。
もしかしたらそのことと関係しているかもしれないとあなたが考えているのは、家族を叩いてしまったことですね。家族もあなたを叩いたのかもしれませんが、きっかけはあなただって家族は言ってました。でもあなたの気持ちは違うんですよね。あなただって努力して嫌いな安定剤をがんばって服用したのですものね。
しかし、あなたと家族がぶつかってしまって、お互いの意見を受け入れられなくなってしまったのなら、やっぱり一緒に暮らすことは、もう難しいのかなと私も思います。これ以上、傷つけあってほしくないと思いました。言いにくいことなんですけど、家族の気持ちの中に、あなたと一緒に暮らしたいという気持ちが、今はないように思います。今のままではあなたもつらいはず。時間が経てば家族の気持ちが変わるかもしれませんが、今のところは難しいかな。
もしあなたが一人でアパートで暮らせるなら、その方法もあると思うのですが、難しいのではないでしょうか。ご自分では一人で暮らせると思いますか? ここ何年かのもの忘れや、いろいろな手続きや料金の支払い、買い物での失敗などを考えると、一人で暮らすことはやはり難しいのかなと私は考えてしまいます。安心と安全ということを考えると、施設で暮らすのが、結果的によいのかなって、私は個人的に思うのです。
あなたの意見は違うのでしょうね。あなたは施設で暮らすことを望んでいないでしょうし、あなたの気持ちに反してそれを強制することもしたくないんです。しかし、今の私の力不足もあって、これしか現時点では解決法が思いつかないんです。
本当はこんな事にならないように、あらかじめあなたと家族が相談して暮らし方を決めていけたらいいと思っていたのですが、こうなってしまうと、難しいですね。本当に心が痛みますし、申し分けないと思います。
繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。