あなたも初めは、アルツハイマー型認知症の進行を遅らせようと、あらゆることをしましたね。治療薬はもとより、脳トレや運動などのリハビリテーション、絵画療法に行ったり音楽療法に行ったり、家ではペットを飼ったんですね。アニマルセラピーですね。
もちろん、悪いことだとは思わなかった。確かにもっと精神的に豊かなことがあれば、それに越したことはありませんが、何もしないよりはましだと思ってました。それは無理にやらされたのではなくて、自分からやっていたからです。止める気はありませんでした。効果はなかったとしても、害もなかったでしょう。確かに、ほとんどのものは認知症疾患の進行を遅らせることに貢献したかどうかは疑問です。治療薬にしてもリハビリにしても、効果判定をせず、ただやっていただけでしたから。
最近までのあなたは、どこか切羽詰まって、追い込まれていて、よくイライラもしていました。辛そうに見えていました。でも今は、服薬と週1回のリハビリだけですね。それでとても穏やかで明るい表情をしておられる。大切なことは、自分らしい時間をもつことだと、この前あなたは言いましたね。家族といろいろと話をしたくなったとも言いました。もう絵画療法も、音楽療法も、アニマルセラピーもしていないけれど、美術館の展覧会に行ったり、オーケストラの演奏会に行ったりしたのですね。それは奥様と娘さんの勧めですか。付き合うようになったのですね。そういえば、散歩のときに鉛筆画を書いたりもしたんですね。若い頃の趣味だったと聞きました。でも、まだ、無理してませんか。何かしなければならないと、無理はしないでくださいね。
何があなたを変えたんでしょうね。何かに没頭しているわけではないけれど、何かが吹っ切れて、とても充実した表情をしていらっしゃる。脳トレじゃなくて、心のトレーニングとでも言いましょうか。
繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。