22 「死にたい」という気持ち

「認知症になったら、死んでしまいたい」という人がいます。
認知症の医療や福祉に携わる人は、「死ぬことなんて考えてはいけない」って、言います。でも、それを言うなら、あなたの本当に死にたい気持ちを理解したうえで、それこそ共感したうえで、「まだ死なないで」と言わないといけないと思うんです。
でも、あなたの死にたい気持ちを何とか理解しようと、理解しようと努めるうちに、死にたい気持ちが分かって共感してしまう可能性があるって私は思うんです。完全に共感したら、「死ぬのもやむを得ないね」と、いうことがもしかしたらあり得るのではないかって考えるんです。
それだけつらいことだと思うんです。
それはあなた自身の病気への偏見だと言う人がいるかもしれないけれど、偏見って自分で振り払うことはできないですものね。

尊厳死って言うじゃないですか。安楽死っていうじゃないですか。あなたがそんなに苦しくて、その苦しみが続くばかりで、回復の見込みがないならば、死を許そうという気持ちですよね。がんの終末期の方には、そういうこともあり得るという考えもある。

でも、そういうことを考えると、認知症はやっぱり違うのかなって、思うんです。
もちろんがんの転移による体の痛みに比べて、自分が認知症になって考えもしない行動に出てしまうことはきっと苦しいと思います。体の痛みとはまったく別の苦しみがある。精神的な症状のさらに上位の精神的苦痛、いわゆる魂の苦痛、スピリチュアルな苦痛ですが、その苦痛が体の痛みより耐えられるなんて思わない。それは、体の痛みよりも、苦しいと思います。
でも、しかし、それがこれからずっと続くわけではないと思うのです。そう決めつけて早まらないでほしいと、思うのです。
明日のことは分かりませんが、今日だけ、もう一日だけ、生きてほしいと思うのです。 

繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。