自分が好きなこと、楽しいことをしている時間は、心にエネルギーが溜まっていくように感じませんか?
認知症と診断されてからも、そうした時間を大切にしている人たちがいます。診断される前からの楽しみを続けている人もいれば、新しく始めたことに夢中になっている人もいます。皆さんが、どのようなことを楽しんでいるのか、ここでご紹介します。なかには「あ、自分もこれを始めてみよう」と思うこともあるかもしれません。

集いの場『はるそら』

集いの場『はるそら』

 認知症がある人たちや家族が立ち上げた「集いの場」が増えてきました。今回は、家族としての思いから、地元岡山県に集いの場を新しく作った多田美佳さんにお話をお聞きしました。

多田美佳さん

設立のきっかけは、若年性認知症の夫との暮らし

 私が代表を務める『一般社団法人 はるそら』は、認知症や若年性認知症のご本人やご家族、専門職など、いろいろな人が集い語り合い、一歩を踏み出すための作戦会議ができる気軽な場所づくりをしています

 設立のきっかけは、夫が若年性認知症になったことです。35歳のときに本人が違和感を訴えはじめ、42歳には「記憶ができない」「認識できない」など日常生活に支障をきたすようになりました。48歳のときにやっとの思いでセカンドオピニオンを受けたところ、若年性アルツハイマーと診断されたのです。介護申請したときは、いきなり要介護3の認定でした。

「誰にも頼れない」 つらい日々を送った経験

 そこに至るまでの間も、いろいろな場所に相談に行きました。ところが「若い人が認知症になるなんて聞いたことがない」「前例がない」と言われるばかり。要介護3と認定され、それまで通っていた作業所に通うことも難しくなり、デイサービスなども探しました。でも「若い認知症の人の対応がわからない」「個別対応ができない」などの理由で、夫を受け入れてくれる施設がありません。頼れる人も場所もなく、家族だけの孤立した介護生活が、本人も家族もとてもつらかったのです。

「同じような経験をしてほしくない」

 夫の入院が決まったあと、「若年性認知症の介護家族として、同じような経験をしてほしくない。そのためにも出会う場を作りたい」という思いがつのり、2019年4月に一般社団法人『はるそらを設立しました立ち上げには、若年性認知症の「てっちゃん」が協力。彼は診断がついたあと、それまで勤務していた会社を退職し、ひきこもりの状態でした。だから「一緒にやらない?」と声をかけたのです。事務所の棚作りから始まり、まさに二人三脚でスタートしました。

「はるそら」で出会った認知症当事者との会話から、印象に残った言葉を集めたもの。2022年9月に制作。

最初に始めたのは「お出かけイベント」

 「デイサービスでも家族会でもない、新しい集いの場としてどんなことをしていこうか」と、てっちゃんと話し合って、最初に行ったのが「お出かけイベント」です。

 家族だけではなかなか行けない場所に仲間と一緒に出かけて、楽しい時間を過ごしました。第1回は、岡山県井原市にある、中世のむらを再現したテーマパーク「中世夢が原」に3家族で行きました。そのほかには、電車に乗って高梁市の散策に行ったり、笠岡市の真鍋島へお魚ツアーに行ったり、年に3回のペースでイベントを行っています。

2023年3月、はるそらお出かけin鞆の浦。鞆の浦にある燧冶(ひうちや)という、古民家を改装したゲストハウスの一階スペースをお借りして、のんびり過ごす。午後は、観光。

「認知症の本人同士が出会う場」「多世代交流の場」
「家族同士が語り合える場」をつくっていく

 「若年性認知症の本人同士で話がしたい」というてっちゃんの要望で、2020年6月からは「はるそら本人ミーティング」をスタート。本人が中心となり自由に話をしながら、医療や福祉、介護や暮らしなどの話をする場として月2回開いています。

 2022年4月からは名前を「はるそら広場」に改め、近隣の大学生との多世代交流も行うようになりました。

 また、認知症ご本人を支えるご家族も大切な仲間です。私がつらい思いをした経験から、家族同士が自由に語り合える場も必要だと思いました。それが「はるそらしゃべり場」です。情報交換しながら元気になれるよう、月1回開催しています。

 このように活動をしていると、ご本人とご家族の間ではうまく伝えられないことがあることに気づきます。お互いのことをすごく大事に思っていても、その思いがすれ違ってしまうことがあります。そこで、私たちは、活動を通じてご本人とご家族それぞれの心の内をお聞きしているなかで、これは相手に伝えたほうがいいなと思うことは伝えしていく(お互いの思いの橋渡ししていく)ようにしています。

2022年7月。美作大学短期大学部 介護福祉専攻の学生さんとの交流会を開催。岡山駅でメンバーさんと合流をして、大学のある津山駅まで向かった。大学では一緒に話をしたり、スイカ割りをしたり……初対面でしたが徐々に緊張がとれて、みんな笑顔で楽しめた様子だった。

「認知症に関することをみんなで学ぶ場」もつくる

 もうひとつの大きな活動が「はるそらゼミナール」です。認知症に関する制度や知識などについて、専門家を招き、ご本人やご家族がいっしょに学ぶ取り組みです。2020年8月から年3回「若年性認知症コーディネーターの仕事を知りたい」「就労支援について」「薬のこと」「利用できる制度について」などのテーマで、若年性認知症支援コーディネーターや薬剤師などの方々の話をお聞きました。 すぐに解決できなくても、不安に対して強くなるためです。

2023年1月。はるそらゼミナール。広島市認知症アドバイザーの竹中庸子さんをお迎えして、
若年性認知症の方の居場所づくりと題してお話いただいた。若年性認知症のご本人、ご家族、
専門職、行政の方、大学生も参加された。参加者の方からは、『グループワークで、ご家族の話を聞くことができて良かった』『いろんな人が混ざって話ができる場があって良かった』というような感想が聞かれた。

認知症の本人が、同じ認知症の人を支える
「ピアサポート」で活躍

 2021年12月からは岡山市の委託を受け、「岡山市認知症ピアサポート活動支援事業」にも取り組んでいます。認知症ピアサポートというのは、認知症の診断を受けた当事者(ピアサポーター)が自分の経験をもとに、同じく認知症の診断を受けた人のお話を聞きます診断後で今後の見通しなどに不安を抱えている認知症の人に対して、ピアサポートを通じて精神的な不安の軽減を図ることを目指しています。

 『はるそら』では認知症ご本人であるてっちゃんをはじめ3名が、ピアサポーターとして、相談者の話を聞いたり、自分の体験を話したりと活躍していますまた、認知症カフェの視察に行ったり認知症専門病院「岡山ひだまりの里病院」のカフェ「こおり銀座」にお手伝いをして行ったりもしています。

2022年7月。倉敷市で、はるそらのメンバーと認知症当事者である下坂厚さんが一緒に散策。竹林では、前日行われた下坂さんの講演会(はるそらメンバーも参加)のことや、普段をもうことなどを話題に話をした。なかなか普段は話せないことも、下坂さんと一緒にみんなで話すことができた。

診断後、内にこもってしまう期間(空白の期間)が
少しでも短くなるような支援をしていきたい

 このような活動を通して、認知症ご本人と、そのご家族を支援するのが『はるそら』です。

 認知症の診断を受けたとたん、本来できていたことも自信をなくし、内にこもってしまいがち。その空白の期間(内にこもっているとき)を少しでも短くして自信を取り戻すお手伝いをしたいと思っています。次のステップにつなげるためです。介護申請のサポートをしたり、デイサービスや作業所などの見学に行くこともあります。大事なのは、無理やりではなく、ご本人が自分で選ぶこと。それができるよう、背中を押す役目もしたいと思っています

本人、家族、そして私たち仲間が一緒に考えて、
「伴走支援」をしていきたい

 認知症のご本人が嫌な形ではなく、次に進めるようにサポートをすること。ご本人の話も聞くし、ご家族の話も聞いたうえで「どうしたらよいか、みんなで考えよう」と伴走支援するようにしています。私自身介護家族でもあり、そういった仲間がほしかったのです。実際、「はるそら」に来る認知症ご本人やご家族たちが、「兄弟や親にも言えないことも話せる」「悲しい涙だけじゃなく、喜びの涙も一緒に流せるのがうれしい」と言ってくださることもあり、自分にとってもとても大切な仲間になっています。

次の目標は、コミュニティカフェをつくること

 大きな活動はシェアスペースを借りていますが、普段の日は『はるそら』の事務所を「はるそらサロン」に開放。一緒にお弁当を食べたり、ラーメンなどの外食にも行きます。オセロや将棋などを持ち寄って、ゲームをすることもあります。

 既存の施設のように、先にカタチをつくってご本人たちをはめ込むことはしていません。あくまでもご本人・ご家族と一緒にカタチをつくっていく。まだまだ発展途上の、気軽な居場所だと思っています。
そして私たちの夢は、5年後にはコミュニティカフェをつくることです。

2023年1月、「はるそら」の事務所が移転となった。スタッフがお手伝いとして参加しているカフェ「こおり銀座」の皆さんから、新しい事務所用にと、手作りの机と椅子のプレゼントがあった。

協力:一般社団法人はるそら https://haru-sora.net


インタビュー実施日:2022年10月15日
執筆:佐藤小百合
構成:早川景子 


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