正直なところを言えば、
「無理だということは、わかっているつもりですけど、そりゃあ治せるものなら治してほしい」
と、皆さん、思っているのではないでしょうか。
「なんで病気になったのが自分なんだ」
「誰かに迷惑をかけたわけでもないのに」
「何も悪いことはしていないのに」
と言っていた人もいました。
「トレーニングして、少しでもよくならないだろうか」
「今度治験に参加するが、よくなる治療法だったらいいな」
と考えるようです。過去の自分を捨て去ることなんて簡単にできることではないですよ。
「自分を知っている人のいないところに行きたい」
と言った人もいました。
一方で、
「認知症だということは、大学病院でいろいろな検査を受けて診断されたんですから、間違いない」
と受け入れなければならないとも感じているようです。
「間違っていたらいいな」と思うようです。
「診断されたばかりのころは、少ししたら間違いだとわかったという夢も見ました」
と話してくれた人もいました。でも、
「やっぱり病気なんですよ。忘れるのひどいですから」
と実感する人は少なくありません。
多くの人は、この二つの違った思いをもって生きているのだと思います。どちらも本当の気持ちだと思います。二つの気持ちの間を揺れ動いている。決められないし、整理できるものでもないと思います。
だから、よくなるかもしれないと感じたら、チョットがんばってみたらいい。でも自分の気持ちに素直にしたがってください。やりたいことだけやるんです。そして、がんばるのがつらくなったら、『充電期間』だと思って一休みしたらいいです。無理はいけません。休んだからといって病気が進むわけではありません。それよりも、できないのにやらなければいけないと悩むほうが、かえってストレスで悪くなるでしょう。
自分の気の向くままにやっている人は幸せそうです。それが病気とうまく付き合うコツなんだと認知症の人から教えてもらいました。
繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。