認知症と診断されたあなたへ

15 「変わらない」と言う人

アルツハイマー型認知症のある70歳代の男性は、「遠くに引っ越したい」と言いました。昔の自分を知っている人に会いたくないと言いました。昔と違ってしまった自分を見せたくないとも言いました。以前は簡単にできたことに苦労して挙句の果てに失敗するような哀れな姿を見せたくないと、そう言いました。
昔の自分を尊敬したり、憧れていたような人には、とくに会いたくないかもしれません。失望させたくない、がっかりさせたくないという気持ちでしょうか。相手に気を使わせたくないという気持ちもあるのかもしれません。

認知症を取り上げたあるテレビ番組に、認知症のご本人と奥様に加え、支援者である作業療法士も出演していました。認知症の症状が徐々に目立って症状が進行し、以前にはできたことに苦労するようになった経緯に話が至ったところで、作業療法士の先生が、ご本人について「以前と全く変わっていない」と発言しました。

もちろん人間は認知症になってもその人の物事の感じ方や考え方は変わらないのですが、以前にできたことに戸惑う姿などをみると、やはり周囲の人間は前とは違うと感じてしまうのではないかと思います。だから、変わっていないという声掛けは、本人を元気付ける意味もあるのではないかと思っていたのですが、その後、いろいろな認知症の人とその応援者を見るとき、心の底から「変わっていない」と思って付き合っている人がいることに気付きました。今考えてみれば、あの時の作業療法士の先生も心底変わっていないと確信していたんだと思います。

だからあなたのことを「変わらない」と言ってくれる人がいたら、それは表面的なことではなく、きっとあなたの本質だけを見ている人なんだと思います。そういう人こそ、大切にしてくださいね。

繁田雅弘
東京慈恵会医科大学 精神医学講座 教授
東京慈恵会医科大学附属病院の精神神経科では初診や物忘れ外来(メモリークリニック)を担当。また、後進育成、地域医療への貢献にも積極的に取り組む。東京都認知症対策推進会議など都の認知症関連事業や、専門医やかかりつけ医の認知症診療の講習や研修なども行っている。日本認知症ケア学会理事長。

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