受診のきっかけはテレビドラマ
三橋 昭 (以下 三橋)
みきさんはテレビドラマ① を見て「もしかして自分も……」というのが受診のきっかけだそうですね。そのとき、どんな感じで受け止めたんですか?
①2018年放送 TBS 系『大恋愛〜僕を忘れる君と』
さとうみき (以下 みき)
主人公が若年性アルツハイマーを患うドラマだったのですが、初回から「あれ? こういうこと私もあるよね」って、気づいたことがあって。私も同じものを何度もインターネットで購入してしまって……。翌日、届いたものをしまおうと思って納戸を開くと、ま だいっぱいあるんです。「まだあるのに、私買っちゃった」と思うんだけど、 数日後にまた届く。そして納戸にしまうときにまた気づく……。
「私もやるけど、年齢とともに買い溜めしちゃうことって誰にでもあるんじゃない?」と最初は思ったけれど、ドラマの回が進むと、人の顔が思い出せない、名前を言われても思い出せない、顔と名前が結びつかな いとか、私にもある。それから約束をすっぽかしてしまったり……。
三橋
うん、それよくありますね。
みき
たとえばガスの点検をする人が来て「そんな約束していません」ってお断りするようなことが重なったんです。今までなら、来た時点で「手帳に書いておくの、忘れた。あのとき電話で……」となんとなく思い出せていたことが、「私どうやって連絡したんだろう」って全く欠落しちゃっているんです。そんなこ ともドラマと重なって、だんだん「お かしい」って思って。
でもドラマだから、限られた時間の中で、以前よく言われていた “5 年から7年で寝たきり、 10年で死亡” みたいなストーリーだったので、「いやいや、そこまで急激には行かないでしょ。自分はアルツハイマー病ではないだろうけれど、MCI(軽度認知障害)くらいにはなっちゃっているかな」って思って。性格的に気になるとすぐに受診するタイプなので、近くのもの忘れ外来を受診したんです。
【工夫】お財布などの貴重品には 「tile」という忘れ物防止タグをつけている。スマートフォン に tile のアプリをインストールしておき、ボタンを押すと、この tile のタグが音を鳴らして、 置いてある場所を教えてくれる。
【工夫】いつも持ち歩いているカードケース。外出先 で困ったり迷ったりして、誰かに助けを求めるときにはこれが役に立つ。
【工夫】大事なことは付箋に書いて、目にとまるところ (ドアなど)に貼っている。
診断を受けたとき
「あ、私の人生は終わった」
三橋
自分の場合、 最初に幻視が見えたときには「もう見えなかったことにしよう」と思うくらい拒否反応がありました。それで紹介された大学病院で検査を受け、診断されたのですが……。なんて言うかな、やっぱりすごく不安があったんです。みきさんは診断のとき、どうでしたか?
みき
診断を受けたときは、そうですね……。見ていたドラマでは、主人 公は1週間ごとにどんどん症状が進行してあっという間に亡くなるって感じだったし、病院での受診前と検査の結果待ちの間も、若年性認知症というワードでずっとインターネットで検索しているとネガティブな情報しかなかったので、診断を受けたとき「あ、私の人生は終わった」って思いました。
認知症の診断を受けたのは、子どもが高校2年生のときだったんです。いろいろと心配ごとがあったけれど落ち着いてきて、この子ならなんとか自立して社会に出ていけると将来が見えてきたときでした。それと同時に私も40代。これから第二の人生じゃないけれど、なかなか取れなかった夫との時間もちょっと楽しみながら、 自分の時間を大切にしたいなと思っていた矢先に、まさか自分が認知症で、介護という負担を子どもや夫に負わせてしまうことになるなんて……。診断直後、横にいた主人に「ごめんなさい、ごめんなさい」っ てひたすら泣きながら謝っていたことが、今でも記憶にあります。
三橋
本当に大変だったと思います。とくにお子さんがまだ若いから、先のことも考えないといけないしね。僕みたいな年寄りで棺桶に片足突っ込 んでいるのと違ってね(笑)。
みき
(笑)そんなことないですよ 。
引きこもりから 抜け出せた「出会い」
写真上左から/『丹野智文 笑顔で生きる – 認知症とともに』 丹野智文著 文藝春秋 、『認知症の私から見える社会』 丹野智文著 講談社 、丹野智文さんとさとうみきさん
三橋
自分は主治医の先生から「『みんなの談義所しながわ』という、ゆるい集まりに一度来てみませんか」と 誘われて通い始めたのですが、リラックスしていられる場所ができたのは、とっても安心感がもてました。みきさんの場合は、八王子に 通い始めたきっかけって何ですか?
みき
診断されてすぐのころ、「今、 認知症と診断された人たちは、どういう生活をして、どんな思いで暮らし ていらっしゃるんだろう」と思っていたときに、丹野智文さんの本 ②と出会っ たんです。丹野さんは年齢も近いし、お会いしたいなと思っていたら、 ちょうど私が通っているクリニックに丹野さんが勉強会でいらして、つながることができたんです。そこで丹野さんに「いろんな当事者や支援者の方とつながりたいので、フェイスブックで丹野さんのお名前をタグ付けして、皆さんに自己紹介をさせてもらえませんか?」とお願いをしました。 そこから、「DAYS BLG!はちおうじ」③の皆さんとつながったんです。
代表の守谷卓也さんが「不安で家に引きこもっているんだったら、一度遊びにこない?」って言ってくださっ て。でも、なかなか抜け出せなくて。 それでも、天気がいい日になると守谷さんが「おはよう。今日もいいお天気で八王子も気持ちいいよ」みたいなメッセージをくださって。背中を押して、引っ張るようにしてくださって、それで一度、「DAYS BLG!はちおうじ」に行ったんです。
そこは昭和感漂う一軒家で。デイサービスなんですけど。私、デイサービスというところもよくわからないままだったのですが、メンバーさん(利用者さん)が「ただいま」って入ってきて、スタッフも「おかえり」って迎えるような、ひとつの家族 がいるような空間がすごく居心地よくて、本当に素でいられる。いろ いろな症状の認知症の方がいて、でも認知症あるなしに関係なく、フラッ トな関係性で、人と人とが向き合って、ぶつかり合っている。それが当 たり前の関係だな、いいなと思って、 当事者スタッフとして通うようになりました。
②『丹野智文 笑顔で生きる – 認知症とともに』 丹野智文著 文藝春秋
③「DAYS BLG!はちおうじ」は、働けるデイサービス。https://www.facebook.com/DAYSBLGhachiouji/
写真左/「DAYS BLG!はちおうじ」のメンバーさんたちと。前列左が代表の守谷卓也さん。写真右/デイサービス」DAYS BLG!はちおうじ」は、木造の一軒家。
まだまだ希望がまぶしすぎるという人をサポートしたい
自分の体験を語る講演活動でのシーン。左は堀田聰子さん(慶應義塾大学大学院教授)
三橋
これからどんなことをやりたいですか?
みき
そうですね。コロナが落ち着いたら、「お手伝いしますよー」と言ってくださる方たちと一緒に自宅の近くの小さな場所で何かできたらいいな と思っています。
それから……私、連載の記事④などではネガティブなことや不安な気持ちを書くこともあるんですが、それを読んだ、同じように不安をもった当事者さんが連絡をくださることがあるんです。“認知症になっても希望 をもとう”というようなフレーズがあるなかで、希望や夢という言葉がまだまだまぶしくて見えないという当事者さんがいることに気づいたんです。なかにはSOSを出せないっていう方もいるんです。希望の解釈というのが、人それぞれでちょっと違うんですよね。そういう方に、地道にお会いしているんです。前に向けて少しずつ行けるように、ちょっと寄り添いつつお手伝いをしていけたらなって。ピアサポート⑤が一番やりたいことかな。
もうひとつ、女性目線での困りご とって、いろいろあるんですね。そこが意外と発信されていないと思っているので、そういうことを伝えつ つ、男性介護者にも気づきとしてお 伝えしていけるような活動をしてい きたいです。
④朝日新聞社 web『なかまぁる』https://nakamaaru.asahi.com/
⑤ピアは仲間(peer)という意味。課題や境遇を共有する人が、お互いに支え合い、助け合うこと。
三橋
伝えていけることがあるって僕も思うんです。
みき
はい、そうですね。
三橋
少しでも伝えることによって、相手の不安が少しでもやわらいでくれればいいのかなと思うところがあるので、僕もできるだけあちこちに出掛けて話をできればなと思っています。今度はみきさんともリアルに会えることを楽しみにしています。
みき
ぜひぜひ。ありがとうございました。
愛犬たちに癒される。
インタビュー実施日:2022年2月2日
執筆:斉藤直子
構成:早川景子