絶望の中、自分の中の 偏見にも気づく
さとうみき(以下みき)
お互い同じドラマ①を見ていたのが受診のきっかけでしたよね。診断後、一番何を思いましたか?
①2018年放送 TBS 系『大恋愛〜僕を忘れる君と』
山中しのぶ(以下しのぶ)
実は私、2017年ぐらいから予兆があったんです。下の息子が学校に行く時間が分からなくなったり、ずっと何年もしていた月1回の朝のミーティングの時間が思い出せなかったり。自分の中でも「え、なんでかな?」「どうしてかな? 私、なんなんかな?」っていう感覚におちいって。病院の内科にも行きましたし、脳神経外科にも行ったんですよ。でも診断がつかない。 「ちょっとした疲れだね」みたいな。うつ病的な感じの診断でした。それで翌年にそのドラマが始まって、「あーこの主人公、かわいそうだな」と思っ て見ていたのに、一緒に見ていた長男が最終回に近づくにつれて「母さん、この人にそっくりやき、病院行って」って。それで受診して診断を受けました。そのときにはこの不調に病名がついて、「あ、そうだったんだ。私アルツハイマー型認知症だから、こういうふうになっていたんだ」ってひと安心はしたんです。束の間でしたけどね。で、ネットで情報を見ると「え!」って。「 3年? 10年? まさか……みたいな」
みき
ホントにね。(検索サイトに) 若年性認知症って入れるだけで「寿命」とか出てきたりする。
しのぶ
そうそう。「下の子がまだ小学生やのに、中学校に上がったらもう私、死ぬの?」みたいな感じで、絶望的で。「老人ホームに入らないかんが?」っていう感覚で。まず、私の中にも偏見があって。
みき
うん、わかるわかる。
しのぶ
そのときはシングルマザーだったので……。夜な夜な保険証券をあさって「私、いくらかけちょったろ?」とか「これって自殺でもおりるやろか」って。ネットで調べて(保険が)おりるとわかったときは涙が出てきた。もうホントに絶望。職場の上司に話をすると「え!嘘やろ? 全然見えんき」って言われて。
みき
意を決して伝えたときに「え、私ももの忘れとかあるよ。(認知症をもつ人に)見えないし」って、その方は優しさのフォローのつもりで言ってくれているんだろうけど、診断されているので、あなたのもの忘れとは違うんだよっていう複雑な気持ちに……。
しのぶ
診断直後は、そう言われると辛かったですね。もう今は平気なんですけどね。
みき
子どものことも心配だったでしょう?
しのぶ
この先、この子たちどうなるんだろうって……。長男が高校3年でもう大学入試も受かっていたのに「大 学辞める。お母さんの側から離れたくない」って言われたときには、辞めたらこの子の人生を私のことでつぶすことになるし、いかんなと思って 「行ってきや」って言ったんです。そのときのことは忘れられないですね。
みき
ネットの情報がネガティブだからこそ、診断直後の人が、今回のインタビューのように私たちが参加しているものを目にして「ああ、そうじゃないんだ」って、新しい情報に書き換えられたら、どんなにいいかって思いますよね。
しのぶ
息子もネットですごく調べていたんですよ。私も絶望したけれど、息子が母親のこととして調べてみたときの絶望感って私よりすごかったと思うんですよ。
写真左/高知県で行われた世界アルツハイマーデー記念講演会で は、丹野智文さんが書かれた文章を代読。ここから、地域の専門職の皆さんとの交流が深まった。
写真右/さとうみきさんに会いに東京へ。2泊3日の旅。
見えにくい表示、 現金での会計に戸惑う
みき
主婦にとって買い物っていうのは、大事なことですよね。買い物のときに工夫していることはありますか?
しのぶ
私は2日、3日分をまとめて買うってことがもうできなくて。しんどくて毎日行くのも大変だけど、1日1回、その日の分の買い物に行っています。
会計は、今は電子マネーが使えることが多いので困らなくはなってきているんですけど、電子マネーが使えないところでの買い物もあるじゃないですか。金額を言われて財布の中で小銭を捜しているうちに途中でいくらかがわからなくなる。「えっ、いくらでしたっけ?」って3回ぐらい同じことをお店の人に聞く。で、もう「すいません」って(笑)。
みき
私もあるある。
しのぶ
みきさんに教えてもらった 「KAERU」②も本当に便利! 買うものをメモしてからお店に向かうと、店が近づいたら通知してくれるんで すよね。普段LINEでやっていたことなので、すごくいいと思います。
②アシスタントプリカ KAERU(カエル) https://kaeru-inc.co.jp/ service
みき
ありがとうございます、私が開発したんじゃないけど(笑)。
今はコロナのことがあるから、店員さんに話しかけにくかったり、アクリル板やマスクのせいで声が聞き取りにくかったりね。当事者にとっては関門になったりするよね。
しのぶ
私、スーパーの中で迷子になるんです。看板(通路上に吊るされた商品項目が表示してあるもの)がこちょこちょしていると、もう書いちょっても目に入らない。目に入りやすいものもあるんですけどね。
イラスト左/しのぶさんにとってわかりにくい表示。商店棚の中央や通路の奥のほうに表示があり、商品の種類がまとめて書いてあると、どこに何があるかわからなくなる。
イラスト右/しのぶさんにとってわかりやすい表示。商品の種類ごとに、イラストのように表示されているとわかりやすい。青地に白の文字が読みやすい。
イラストレーション:斉藤ヨーコ
できることを認めてくれる居場所づくりを
みき
これからしのぶさんが挑戦したいことは何ですか?
しのぶ
まずはですね、みきさんに 「DAYS BLG!はちおうじ」(地域密着型デイサービス)③に連れて行っていただいたときに「あ、これだ!」と 思って。「こういうのを高知にも作りたい!」と思っています。
まだ認知症の診断前で、仕事を変えようかなと思っていたときに、ある小規模多機能型介護の施設に見学に行ったことがあるんです。そこで施設の人が利用者のおばあちゃんに ひどい扱いをしていて、「そんなことしたらいかんやん」って言ったら「大丈夫、この人ボケやき」って言っ たんですよ。
③「DAYS BLG!はちおうじ」は、働けるデイサービス。https://www.facebook.com/DAYSBLGhachiouji/
みき
あるんだね。そういうの。
しのぶ
こんなところ絶対嫌やって思って。こんなところに私は行きたくたいし家族も行かせたくない。それなら将来は自分で作りたいって思っていました。そして、自分が診断を受けて、やっぱり居場所づくりをしたいなって。一人一人まだできることがいっぱいあるので、そこを認めてくれて、働ける場所がいい。「DAYS BLG!はちおうじ」で、みきさんとメンバーさん(利用者さん)を見てからは、私もこういうところを作りたいって思っています。
みき
着々としのぶさんの居場所づくり計画が(笑)。
「DAYS BLG!はちおうじ」では、人と人との関係性がフラットだよね。その日、その時の気分や体調で、本人のやりたいことが選べる。これって、すごく大切だと思う。
しのぶ
うん。そういう居場所を作っていきたいし、(世の中の認知症観を)変えたいです。
それから、やっぱり高知県がもっとよくなっていってもらいたいから、市や町の首長にお会いして、私のことを知ってもらいたい。こういう病気があるんです、こういう辛い経験もしてきたんですっていうことを知ってもらいたいんです。「これから認知症をもつ人が増えていく前に、一緒に町づくりをしていきませんか」っていうことを伝えたい。認知症をもつ人が暮らしやすい町って、子どもにも高齢者にも、みんなにとって暮らしやすい町になるんですよね。
みき
しのぶさんの行動力はすごい。そのパワーの源は何?
しのぶ
元々、営業職だったので、断られてナンボの世界なんです(笑)。 断られたら、その理由を埋めていく。「なんでかな?」って。その人を振り向かせたい気持ち、っていうのはやっぱり営業職だからなのかな。
みき
素晴らしいね。活かされているね。
しのぶ
例えば「〇〇さんにお話を聞いてもらって○○したい」というゴールを最初に決めてそこに向かっ ていく。
みき
私なんか1回断られたら、へにょんって心が折れっぱなしよ。
しのぶ
断られたらよけいに振り向かせたくなる。負けず嫌いなのかな (笑)。
写真左/「DAYS BLG!はちおうじ」へ。メンバーさん(利用者さん)たちと一緒にポスティングの仕事をする。これから自分がしたいことを決定づけるきっかけになった。
写真右/「DAYS BLG!はちおうじ」の前で。
「何々したい」という思いを持ち続けたい
みき
しのぶさんが大切にされていることって何ですか?
しのぶ
一番は家族。そして人とのつながり。みきさんとの出会いもそうです。言葉として大事にして いるのが……これは認知症になる前からなんですが、「キュリオシティ (curiosity)好奇心を持ち続けるこ と」。認知症になってから特に思うんですけど、できなくなることは増え ていくかもしれないけど、「何々したい」ってことを持ち続けたい。
もうひとつは「頼まれごとは試されごと」。私みたいな者に頼んでもらえたときは120%の心で返したい。この2つは私、とても大事にしています。
みき
認知症になっても、あきらめないで、いろんなことを続けて欲しいよね。趣味だったり、仕事につながることだったり、地域との関わりだったり、人とのつながりだったり。
しのぶ
私にとっては、みきさんとの出会いはとても大きかったです。同じ女性としてやはり悩むことが同じなんですよ。ひとりじゃないって本当に思った。私が子育てに悩んでいると、みきさんも同じように悩んで いるし、共感できる部分が多いんです。お金のことも心配だし。みきさんがいてくれたから初めて言えたこと、相談できたことも多かったんです。
みき
ありがとう。私も!
これからは当事者と家族の気持ちを伝えていきたい。21歳の息子(写真右)はよきパートナー。
インタビュー実施日:2022年2月9日
執筆:斉藤直子
イラストレーション:斉藤ヨーコ
構成:早川景子