〜 magazineエイトVol.1 特集記事* 〜 編集・執筆・イラストレーション 三橋昭
*magazineエイトVol.1 からの発信です
2019 年12月15日の日記より
細長い梁一面に波模様のような背景が広がり、中央に花が咲いている。何故か目が1つ、自己主張していた。にらまれて不安感が広がる。
毎朝見る幻視をイラストと文章にし続けている三橋昭さん。レビ ー小体型認知症と診断されてから3年経ちます。
編集部から「マガジンエイトの 特集ページを自由に編集してくだ さい」とお願いをして、出来上が ったのがこの8ページです。
三橋さんの心や頭の中をちょっ とのぞいてみませんか?
三橋昭さん
1949 年生まれ。中学生のときから映画に魅了され、高校卒業後は助監督となる。その後、会社員、自営業を経て、区立図書館の館長(指 定管理者制度)を務めているときに、レビー小体型認知症と診断さ れる(2019 年)。ほぼ毎朝見る幻視をイラストにして文章を添えた日記を書き続けている。
診断と不安
「見なかったことに」したいと思った「幻視」。
インターネットにはネガティブな情報ばかり。
希望が見えてこなかった。
初めて幻視が見えたときは、あまりの衝撃に「見なかったことにしよう」 とやり過ごしてしまいましたが、日を置いて違う幻視が見えたとき、もはや現実を受け入れざるを得なくなり、近くのもの忘れクリニックで診てもらうことにしました。漠然とした不安の中、その後、大学病院に 1 週間検査入院し、告げられたのが「レビー小体型認知症」との診断でした。
診断自体は予想していたので、ある種あきらめにも似た感情をもつだけでした。と言うのも、インターネットであれこれ調べるとほとんどネガ ティブな情報ばかりで、希望が見えてこないんです。
でも、認知能力があるうちは、自分が見える幻視を記録しておこうと思いました。大げさに言えば、生きている証の記録です。初めは文章で、やがてイラストで記録、ほぼ3年、記録が続いています 。
新しい旅と友
認知症との離れられない二人旅。覚悟は決まった。
けれど、一人で悩んでいたらどうなっていたか……。
仲間ができたことで、生活を楽しむ今が生まれた。
皆さん「旅」と言うとどんなイメー ジを思い浮かべるでしょうか? グルメの旅、温泉ざんまいの旅、絶景を 眺める旅……いろいろありますが、それらの旅は非日常を楽しむ旅です ね。その旅には戻る場所があります。
そうではなく、同行二人ではない けれど、レビーとの旅の始まりです。恐らく終わりのない認知症との離れられない旅が始まった、と考えたと き、俳聖松尾芭蕉の旅を想い出しま す。「野ざらし紀行」や「おくのほそ道」などの旅は日常に戻ってくる旅ではなく、旅の途中で野垂れ死にするのもいとわない覚悟の旅でし た。レビーと野垂れ死にする覚悟はないけれど、この先、一生付き合っていかなければいけないんだとの覚悟はもちました。そう考えれば、存外気楽に付き合えそうです。
とは言え、ひとりで悩んでいたら恐らく悶々とし続けていたことでしょう。レビー小体型認知症と診断されて以降、もっとも大きな出会いは、主治医が紹介してくれた「みんなの談義所しながわ」との出会いです。 認知症の当事者、その家族、介護関連の仕事をしている方、看護師、理学療法士、近所の方などさまざまな 人々が集まり、ゆったりと語り合う場です。最初は少し緊張していましたが、2 回目に参加したときには、「自分はレビー小体型認知症の当事者です」とカミングアウトすることもできました。自然体で過ごせる場です。その後「みんなの談義所しながわ」のメンバーと餅つきをしたり、 ファーム・エイド東五反田というイベ ントに参加したり、まち歩きをしたりと楽しんでいます。そんな仲間ができたことで、行動の幅も広がり、多くの新しい出会いが広がっています。
できなくなってきたことももちろんあるし、集中力も以前より落ちているし、以前の状態には戻れませんが、以前より生活を楽しんでいる気 がします。
幻視とイラスト
ほぼ毎朝見る幻視を描き続けて
その数は約 1000点に。
展覧会で観てくれた方の感想がうれしい 。
朝、目を開けると壁や天井に幻視が出現します。花や幾何学的模様など種類は 多彩です。同じようなパタ ーンが繰り返されることもありますが、前の晩、「こ んなものを見たいなぁ」と 願ってもそれは叶いません。
見えるのは、目を開けてから瞬きするまでのほんの 2〜3 秒。それを記憶に留 め、あとでイラストにしています 。
工夫とその先へ
忘れることが増えたり、歩き方が変わったり……。
とにかく工夫をすることで、できるだけ変わらず、
そして生活を楽しんでいきたい。
待ち合わせていたことをすっかり忘れてしまう。捜し物が見つけられない。ルーティンワークの手順を間 違えると考え込んでしまう……。そんなことが増えた気がします。
とにかく工夫をしないといけない。 まずは手帳を目立つ黄色にしました。それまで手帳と言えば若いころから黒いものしか使ったことがありませんでした。今年は去年の手帳と間違 えないように赤にしています。
工夫と言えば、Apple Watch(アップルウォッチ)を買いました。どういうことかというと、手洗いをしていると、水の流れる音と手の動きを検知して20秒間、手洗いをカウントダウンしてくれるんです。終わると「よくできました」などの表示が出て、ほめてくれる。ほめられると相手が時計でもうれしい。
実はレビー小体型認知症との診断を受ける前から、レビー小体病特有の症状が出ていました。たとえば空間認識能力が低くなり、車庫入れのときに必ず車が斜めになってしまうとか、姿勢が前屈みになり、歩行がちょこちょこ歩きになるとかしていました。でもあるとき、さっそうと手を大きく振って歩いているプロゴ ルファーの姿を見て、あんな風に歩きたいなと思い、意識して手を振っ て歩く癖をつけたところ、いつの間にか普通に歩けるようになりました。目標をもってトライすれば改善できることもあるんだなぁと実感しています。いまは歩幅を広げるために、横断歩道の白い部分だけを使って歩くことに挑戦しています。また、 「みんなの談義所しながわ」の仲間の発案で、カレンダーを作ったり、くるみボタンバッジを作ったりして います。
レビー小体型認知症との同行二人、離れられないんだったら仲良くしたほうがいい。そのために、生活を楽しむことをこれからも続けていこうと思っています。
magazineエイトVol.1発行日:2022年4月10日
編集・執筆・イラストレーション:三橋昭
制作担当:早川景子