「家に閉じこもるのはダメ」と言ってくれた妻と娘に感謝
平井正明(以下 平井)
まずお聞きしたいのは……戸上さんが診断を受けられて、それから今活動されている「なでしこガーデン(デイサービス)」①にどういう形でつながったのか、教えてください。
①「なでしこガーデンデイサービス」(有限会社なでしこ)。主に若年性認知症の人が集うデイサービスで、本人の「仕事や社会貢献したい」という気持ちを大切に、農作業、地域住民宅の庭の草取り、物流商品の仕分け、ホテルのメンテナンスなどの仕事を行っている。その他、高校生、大学生とのソフトボールなどでの交流を通して、認知症への理解普及に尽力。戸上さんが中心になっている「本人ミーティング」では、デイサービスに来る人たちでやりたいことや気持ちを語り合っている。代表は吉川浩之さん。
戸上守(以下 戸上)
私が初めね、ちょっとおかしいと思って病院に行ったのは56歳。たぶん50歳ぐらいから忘れることが……。
仕事しとって、ちょっとわからなくなったり。ベテランの人間がそういうことではいけないという気持ちで……56歳というのは年代的に、職場でいちばんバリバリいかなければ悪いという年代ですからね。先輩や同僚から「お前、どうしたんか」「おかしいぞ、病院に行ったほうがいいぞ」と言われて、それで病院に行った感じです。
平井
すぐに診断されたんですか?
戸上
初め内科に行ったりしたんです。朝、起きられなかったんですよ、胃が痛くて。そうしたら急性胃腸炎だとか言われて。それから仲のいい友達とも話ができないような状態になって、うつ病じゃってことになったり。
病院も何カ所か行って、最終的には大分大学医学部付属病院に行って。脳のMRIを見た医師から「脳が縮んでるわ、悪いはずじゃ」と言われました。診断名は前頭側頭型認知症(若年性認知症)でした。自分でもなぜこんなミスをするんかなと。記憶ももともとよくはないんだけど(笑)、あまりにも酷すぎるんで「ああ、これだったんだな」と。落ち込んだけど、原因がわかってホッとした部分もありました。
平井
診断されると、今まで起きていたことが納得できるんですよね。わかります。正しい診断に早い段階で出会うのってすごく大変なことだなって、僕も思った。
戸上
地方公務員を38年していたんですけど、診断直後に職場の人が1〜2年の病気休職扱いにしてくれて休みました。それが助かった。
休職中の最初の1年は、人に会うのも怖い時期もあったんです。近所の人に会うと「どうしたんか?」って聞かれるから、それもつらかった。そのころから老人ホームのデイサービスに行くようになったんですよ。
平井
「なでしこガーデン」さんですね?
戸上
そうです。「なでしこガーデン」に行けば、近所の人にも会わんですむし、私と同じ認知症の人がいますので、そこでいろいろなこともできるしね。
それに「家に閉じこもるのは絶対ダメ」と家内から言われて、長女からも言われて。「何がなんでも行きなさいよ」って。首に縄をつけてでもって感じ(笑)。そういうところはホントに厳しい。実はふたりとも保健師をしているんですよ。だから私、ふたりから怒られて、家で入院しているような気になりましたわ。でも今考えると、適切なアドバイスをしてくれたんだなと感謝しています。
平井
今、思うとね、そうね。
戸上
病気休職期間が切れたとき、みんなにカミングアウトして正式に退職したんだけど、実はちょっと期待もしてたんです。「もしかして能力が落ちとってもできる仕事があったら続けられるかな。いやいや、もういいんだよ……」って、すごく複雑だった。
平井
わかります……。
戸上
「なでしこガーデン」さんにつながったのはね、偶然にも幸運にも自宅に近いんですよ。私の家は大分県豊後大野市という山の中なんですけど、車で送り迎えしてくれて15分くらい。私は運がよかった。
平井
今、戸上さんのフェイスブックを見ていると、利用者というよりも「なでしこガーデン」の職員さんみたいですよね(笑)
戸上
調子がよくなって動き出したから、なんか現役に戻ったような錯覚を起こしてるわ(笑)。それにフェイスブックとかで活動記録も残したほうがいいんじゃねぇかと。リハビリのつもりで投稿しています。
平井
記録としてちゃんと残っていると、振り返って見られますもんね。
戸上
もう今はいっぱいいっぱいだけど、デイサービスで体を動かすとよう眠れていいわ。眠れんかったからね、昔は。
平井
それが戸上さんの元気の源なんかな。フェイスブックでも元気なお顔しか出てこないんだけど(笑)
2021年6月。なでしこ農園で、草取りと野菜の手入れ。真桑の芽かき・ピーマンの収穫・サツマイモの手入れをした。
野菜作りやソフトボールなど、デイサービスでは「やりたいこと」を
戸上
「なでしこガーデン」の社長さん(吉川浩之さん)が本人ミーティングをするんですよ、月1回。
「あなたは何をしたいですか?」って聞いてくれるから、私も言う。その要望に応えてくれて、野菜作りを1年間やっているんです。
あと、ソフトボールもやっています。全国大会(全日本認知症ソフトボール大会Dシリーズ②)が開催される富士の山麓(富士宮)に「みんな行くでー!」って言うて練習をしております(笑)
②全日本認知症ソフトボール大会(Dシリーズ)。認知症になってもやりたいことに熱く打ち込みたいという当事者の声から、富士山麓の静岡県ソフトボール場(富士宮市)で2014年から開催されているソフトボールの全国大会。コロナ禍で2020年から休止中だが、状況を見ながら再開催の予定。
平井
本当なら3月に、富士宮で全国大会が開催されていたんですよね。今年もコロナで中止となり残念だったけど、来年こそ開かれるといいですねぇ。
戸上
でも今はね、地元の高校生や大学生、看護学生が来て、ソフトボールの試合をしてくれるんですよ。
平井
ああ、それはいいですね。
戸上
「手を緩めないでいいですよ」って言ってるんですけど、やっぱりかわいそうじゃ、危ないからって、手を緩めてくれています(笑)
平井
でもいいですよ、高校生と試合ができるなんて。
戸上
本人ミーティングで「ソフトボールの試合をしたいです」って言ったら、社長が探して高校や大学と交渉してくれているみたい。学校の先生方もよう受けてくれてると思うわ。「授業の一環で」「福祉とか、認知症や障害者の授業でやります」って言ってくれています。
平井
いいですね。単なる遊びじゃなくてね。彼らも学ぶところが結構あるんじゃないかな。
戸上
学生さんたちも偉いわ。高校生はね「今いちばん困っていることは何ですか?」「楽しいことは何ですか?」「やりたいことは何ですか?」と、三つの質問をしてくるんです。だから「今、一緒にソフトボールをするのが楽しいです」「皆さんと一緒にリハビリできているので、症状が進みません!」と応えています(笑)
平井
こんな環境づくりをされる社長さん、すごい人ですよね。
戸上
経営度外視でやってる部分もあるんじゃないかと思う。聞いたら大分の人じゃないんですよ。東京の渋谷区出身。感覚がやっぱり違うんでしょうね(笑)
「なでしこガーデン」に車で片道1時間半のところから来てる人も数人おるんじゃないかな。どうしても来たいって。たぶん、迎えに行くのも大変なんじゃないかな。これはホントの社会福祉だわ。
2021年11月。豊後大野市で、なでしこガーデンの利用者16名と職員さん5名、そのほか2名でソフトボールの練習をした。
仕事で稼いだお金で孫にお菓子を買うのがささやかな幸せ
戸上
デイサービスの中で仕事もさせていただいているんですよ! 大分大学にコピー用紙を運ぶ仕事とか。週に1〜2回くらい。私たちの症状を見ながらどんなことができるか、社長さんが考えながら仕事を用意してくれています。ありがたいことです。たぶん仕事を探すのも大変だと思う。いい仕事があっても私たちができないこともあるしね。
平井
できる仕事、いい仕事に出会えているのがすごいですよね。
戸上
認知症になってね、仕事をさせていただいてお金までもらえるとか、夢にも思ってなかった。それをもらって、孫におもちゃとアイスクリームを買ってやったんですよ。うれしかった。それが私のささやかな幸せ、生き甲斐になっています。
お金の価値が、見方が変わったわね。若いころからこういう気持ちでおっとったら、だいぶ貯まったのになぁ(笑)。自分で額に汗していただいたお金で孫に買ってやったことが……こういうこと思ってなかったんだけど、幸せだなと思いました。
2021年7月。大分大学医学部看護学科の学生と先生、若年性認知症をもつ人たちによる「若年運輸」のメンバーで、認知症についての意見交換会を行った。会議後には、大学にコピー用紙を運ぶ、若年運輸の仕事の様子を、学生たちに見てもらった。
認知症のイメージを変えて、早期発見・早期治療につなげたい
戸上
あと、ピアサポート活動をずっとやっています。大分県18市町村ある中で、要望のあったところ16市町村を3年かけて回りました。私と「なでしこガーデン」の社長と県の担当者が一緒に。昔取った杵柄で “行けるわ” と思ってね。
平井
ですよね! 仕事をやっていたときのいろんなことが役立ちますよね。ピアサポートは奈良でも本格的に県が事業として取り組むようになって2年目だけど、大分県はひとつのモデルなんです。たくさんの仲間で活動しているところが素晴らしい。やっぱり戸上さんのところは進んでるなって。僕らの目標です(笑)
戸上
家に閉じこもっている人を引っ張り出すのは、地元の市町村の方でも難しいじゃないですか。でも、少しでも早期発見・早期治療、人と関われば病気が進むのも遅くなるのではないかと、私は思っているんです。
平井
どれだけ早い段階でつながれるかっていうのがやっぱり課題!
戸上
難しいですね。家族にも「まだ(病院に行かなくても)大丈夫」と言われてしまう。
平井
その「まだ大丈夫」っていうときがホントはすごく大事なんですよね。大丈夫じゃなくなったら、もうちょっと遅いんじゃないのって。
戸上
そうそう。
平井
戸上さんは地元でいろんな活動をしながら、今、大分県の希望大使(認知症本人大使)もやられてますよね。
戸上
あれは1年くらい前に委嘱していただいたんですけど、ピアサポートはもう3年前からやっているからメインは“ピアサポーター”。
でも、認知症の人にもいろんな方がいるから。話が上手な人もいるし、絵を描いたり、楽器を弾いたりするのがうまいとかね。そんなことで「認知症のイメージが変わったわ」って思ってもらえれば早期発見・早期治療するんじゃないかなと思ってます。
2022年7月。大分県中津市で行われた大分県「令和4年度第1回認知症ピアサポーター養成研修」に講師として呼ぼれたときの様子。認知症当事者とご家族が30名参加した。「ピアサポーターが県内各地に増えることを願っています」(戸上さん)
大分県におけるピアサポート活動の軌跡を紹介している冊子(上の画像をクリック)。
インタビュー実施日:2022年3月23日
執筆:斉藤直子
構成:早川景子