ピアサポートでは、認知症の話はしない。
「今こうして元気だよ」と自分のことを話す
牧田
丹野さん、いろいろな場所でピアサポートをされているとお聞きしていますが、病院でもされていますよね?
丹野
いずみの杜診療所(仙台市泉区)とみはるの杜診療所(仙台市宮城野区)でやっています。
牧田
病院で、診断直後に聞きたい情報って……本人はそのとき何を知りたいのかなって。
丹野
あーそれ! 俺はね、ピアカウンセリング➊じゃなくて、常にピアサポート。最初に出会ったときにとことん喋るんだけど、いちばん最初は俺の経験を喋るだけ。
➊ピアカウンセリング、ピアサポート。ともに同じ障害などを持つ仲間として行う支援。カウンセリングは相談やアドバイスがメイン。
牧田
えっ⁉ そうなんですね。
丹野
うん。「9年前に39歳で認知症になったよ」「ホントに1年半泣き暮れたよ」「でも今こうして元気だからね」って話す。最初はみんな黙って聞いているだけ。その間たぶん頭の中で、「俺も同じだ」「そこは違うかな」って考えているのかもしれないけれど、途中からたくさんの言葉が出てくる。今まで喋らなかった当事者って、1人もいないよ。
で、「これから何をやりたい?」「じゃあ、それを実現するために一緒にやろう。みんないるから大丈夫だよ」って話します。「何か困っていますか」なんて聞いたことない。認知症の話は、実は全くしていないんだよね。
牧田
あ、そうなんだ。
丹野
聞きたい情報って支援のことじゃないと思うの、診断直後って。やっぱり目の前に元気な当事者がいることが大切な気がするんだよね。
ただそこに症状がちゃんとあって「俺は道に迷ったときに助けてもらうためにヘルプカードを作っているよ」とかは教える。でもそれだけじゃないと思うんだよね。
牧田
すごい大事なことですよね。
丹野
難しいことを言うつもりはない。だってできないもん(笑) こんなに元気な人がいるなら「俺もこうなれるかな」って思ってもらえればいいかなと。
牧田
でも診断に拒否感を示す人って必ずいるじゃないですか。「私は認知症じゃない!」って。
丹野
いや、認知症かどうかは本当にどうでもいい。でも喋っていると「実はその症状、俺もあってさ」って言い始めるんだよ。「それは大変だよね。どうすればいいか一緒に工夫してみよう」って伝える。
認知症と言うから「俺は違う」ってなる。俺はその人に起きていることだけを認めてあげたい。みんな自分の症状、わかっているよ。
1人で帰れるにはどうしたらいいか
みんなと一緒に考えたい
牧田
丹野さんも結構、外出して目的地に行くための工夫をいっぱいしていますよね。
丹野
スマートフォンのグーグルマップは使っているね。確かに道がわからなくなるときもあるからITを使うって大切だよ。それも毎日使わなきゃ覚えられないよね。
牧田
そうだね。俺、グーグルマップを見て、迷ったからね(笑)
丹野
使い続けないとわからないと思う。それに「この道、おかしいな」って思った瞬間に、がんばらないで人に聞くようにもするしね。
牧田
それも大事ですね。
丹野
最初に人に聞くってすごい勇気いるよね。でも一回聞いてすごくいい経験ができると、また聞ける。
今、「徘徊対策」っていっぱいあるでしょ。いなくなった人を連れ戻すのは大切なんだけど、その前におじいちゃん、おばあちゃんがグーグルマップで自由に出歩けるようにできないかなと。1人で帰れるにはどうしたらいいか、みんなと一緒に考えたいと思っているんだよね。
牧田
大事なことですよね。
丹野
認知症になるとみんな社会を遮断しちゃうから、電話もメールも来ないから充電もしない。それを家族に言うと「私、電話してるわ」ってみんな言うよ。でもキクさん(牧田さん)、奥さんからの電話やメールってワクワクしないでしょ?
牧田
(笑)しないね。
丹野
でもどうする? 好きなアイドルから毎日、電話来たら。
牧田
そりゃワクワクして、しっかり充電もしとくね(笑)
丹野
そういう “ワクワク、ドキドキ” が大切だと思っている。認知症って結構、“ワクワクドキドキ” が奪われてきたんじゃないかな。
牧田
聞いた話では、道に迷うといけないから携帯電話を持たされるんだけど、「今どこにいるの?」って5分ごとに電話で聞かれるって。
丹野
それは家族の優しさだと思うんだけど、もう子ども扱いだよね。
当事者と喋っていていちばん多いのは「子ども扱いされるのが絶対嫌」っていうこと。あと1人で出掛けるのを禁止されたり、財布を取り上げられたり。俺がなぜ元気かというと、“自由” だからですよ!
牧田
でも奥さん、心配しない?
丹野
心配するよ。でも信用してくれるんだよね。道に迷って夜中に帰ったことがあって、「なぜ何にも言わないの?」って聞いたら、「心配しているけど信用しているから」って言ってくれたんだよね。
信用できなくなったら監視するようになる。自分で決めることもさせてもらえない。そこが変わらない限り、当事者は元気にならないよ。
認知症条例は「こういう条例を作ってほしい」という
当事者たちがの声でつくるのがいい
牧田
丹野さんがやっている「おれんじドア」➋は認知症カフェとは違うよね?
➋おれんじドア…… 2015年から丹野智文さんを代表として「宮城の認知症をともに考える会」メンバーとともに始めた認知症当事者による「もの忘れ総合相談窓口」。現在は仙台市青葉区の東北福祉大学ステーションキャンパス3階「ステーションカフェ」で月1回(第四土曜日)に開催されている。
丹野
全然違うと思うよ。診断直後に不安をもった当事者が来てくれればいいと思っているの。それが「おれんじドア」。で、その先の居場所っていうのが認知症カフェや家族会。でもそこに繋がらない人っていっぱいいるでしょ。だから俺は “入り口” を作りたいと思っていて、不安をもった当事者がまず相談できる場所。介護保険とかのじゃなく、ね。
でも俺、今はもう開催日の半分ぐらいしか行ってない。ほかの当事者がやってくれるから。最初、相談に来ていた人たちが支援側になる。俺が目指したのってこれなんだよね。
牧田
リカバリーカレッジ❸の話もお願いできますか。
❸リカバリーカレッジ……認知症によって諦め、奪われたりすることがある人として当たり前の権利に気づき、取り戻し、張りのある主体的な生活を回復(リカバリー)することを目的とした勉強会。丹野さんが代表理事を務める「認知症当事者ネットワークみ やぎ」の活動のひとつ。
丹野
リカバリーカレッジは勉強会で、最初は「社会に提言するワーキンググループを」と仙台で作ったんだけど、うまくいかなくて。誰も社会に提言したいと思わなかったんだよね(笑) でも勉強会を開くと、当事者たちが勉強したがってどんどん来るようになって、認知症について、権利について、自立について、認知症条例について、話し合っています。1日に4時間も。
牧田
4時間! それはすごい。
丹野
認知症条例は、宮城県ではまだ作られていないけれど、「作るときは本当に本人が入らないとうまくいかないよね」って話している。それはいろんな県の取り組みや条例を見ていて思ったこと。
作るときには俺たちに意見を求めてほしい。条例を作ってから「これを見てどう思いますか?」という形ではなく、当事者たちが「こういう条例を作ってほしい」って声をあげるというのがいいと思う。「社会に発信しよう」から始まったわけじゃなくて、勉強会をするうちに「これは発信すべきだ」と思って発信する。だからすごく面白いんだよね。
お互いに失敗しても許せる社会になってほしい
牧田
丹野さんは今、要支援・要介護認定はどうなっているんですか?
丹野
何にも取っていない!
牧田
取っていないんだ!
丹野
だって必要ないもん。一応、「障害者手帳」❹と「自立支援(自立支援医療制度)」❺は取っていますよ、障害者枠で働かせてもらうために。
俺は働き続けなきゃいけないんですよ。家族のためにも。だから会社から普通の人と同じくらいの給料もらっている。これってすごく大切だと思うの。普通の人の給料をもらっているから、俺は安心してこうやって活動できて、普通に自由なんだよね。これは会社に感謝しないといけないと思うけど。
俺はもう難しい仕事できないんだよね。計算機も何回叩いても間違えるからさ。仕事をがんばるっていうのは確かにプライドを捨てないといけない部分もあるけれど、そこにプライドをもつんじゃなくて、家族のために働き続けるっていうことにプライドをもとうと思ったんだよね。
❹障害者手帳……障害者手帳は「身体障害者手帳」「療育手帳」「精神障害者保健福祉手帳」の3種の手帳を総称した呼称。認知症と診断された場合は「精神障害者保健福祉手帳」が申請できる。血管性認知症やレビー小体型認知症など身体症状がある場合は「身体障害者手帳」に該当することもある。手帳が交付されると、税制の優遇措置、公共交通料金や施設の利用料の割引などを受けることができ、企業の障害者雇用枠の対象にもなる。詳しくはお住まいの市区町村の担当窓口でご相談を。
❺自立支援医療制度……心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度。詳しくはお住まいの市区町村の担当窓口でご相談を。
牧田
俺は “手順” がなかなか覚えられない。プラモデルの手順書のような絵で書いたものを横に置いといてくれればできるんだけど。
丹野
俺も会社でマニュアル、作ったんだよね。
牧田
あれ、すごかった! すごく事細かく書いてありましたね。
丹野
「この棚のこの段からこのファイルを取り出す」とか「このプリンターにはこの用紙をこう入れる」とかまでね(笑) 誰もが分かるマニュアルになったんじゃないかな。
牧田
自分でやろうと思ってもできないからね、すごいです!
丹野
認知症って不安との戦いだよね。「失敗したらどうしよう」「間違ったらどうしよう」って。だからこそあのマニュアルが作れたのかも。
失敗しても許せる社会になってほしい。今のままだと生きづらいよね。
牧田
そして失敗しても「間違えちゃった」って言える社会ね。丹野さんに最初に出会った講演会で、「忘れちゃったって言える仲間や環境が大事」って丹野さん、言われてましたね。
丹野
講演の質疑応答でふたつ聞かれたらひとつは忘れる。だから「ひとつずつ言ってよ」って。それをちゃんと示すことも必要かなと思ってます。
インタビュー実施日:2022年9月10日
執筆:斉藤直子
構成:早川景子